研究開発


糖鎖とレクチン

 3つのヌクレオチド(DNAの最小単位)で1つのアミノ酸を指定するという遺伝子暗号は解読され、遺伝子情報がいったんメッセンジャーRNA(mRNA)に写し取られた後、リボソームと転移RNA(tRNA)の仲立ちによって蛋白質に翻訳される基本的なメカニズムも明らかになっています。一方、糖鎖1) は「遺伝子」と「蛋白質」に続く生命の第3の鎖とも呼ばれ、生物にとって必要不可欠な役割を果たしていますが、糖鎖の具体的な働きについては現在のところ限られた情報しかなく、遺伝子や蛋白質と較べるとその役割の解明は遅れています2)

 糖鎖に対しても(遺伝子暗号との対比で)「糖鎖暗号」という言葉が使われることがありますが、これは糖鎖の担う情報がほとんど明らかにされていないことを示すもので、糖鎖が(遺伝子のように)何かを作るための設計図として働いているという意味ではありません。糖鎖の持つ情報は、主として以下の3つルートで他の分子に伝達されると考えられます。(1) 糖鎖が付加されることによる蛋白質本体の構造変化および他の分子との相互作用の変化、(2) 糖鎖?糖鎖間相互作用、(3) レクチンによる糖鎖認識を介した情報伝達。これらの中でもレクチンによる糖鎖認識は、他のルートと比較して特異性が高く、かつ強い相互作用に基づくもので、糖鎖情報の解読/伝達において特徴的な役割を果たしていると考えられます。

 レクチンを正確に定義するのは難しいのですが、一般的には「糖鎖を特異的に認識して結合、架橋形成 (糖鎖と糖鎖の橋渡し) する蛋白質」3) と考えてよいでしょう。糖鎖には多面的な情報が含まれていますが、その中でも糖の配列に基づく言語的/体系的な情報を読み取ることができるのは、「糖鎖を特異的に認識して結合」するレクチンだけです。この定義からも分かるように、レクチンは1つの蛋白質ファミリーを指す言葉ではなく、糖鎖に結合するという性質を共有する多種多様な蛋白質をひとまとめにしたものです。従って、レクチンが糖鎖に結合した後、糖鎖の持つ情報がどのようにして伝えられてゆくかは、レクチンの種類によって大きく異なります。

 動物レクチンの中で最大のグループは、糖鎖との結合にカルシウムイオンを必要とするC-型レクチンと呼ばれるもので、このグループには分泌されるタイプ(コレクチン、レクチカン)、膜に組み込まれるタイプ(セレクチンなど)など多様なメンバーが含まれています。C-型レクチン以外にもガレクチン、シグレック、L-型レクチン、I-型レクチンなど様々なファミリーが知られていますが、私達が興味を持って調べているガレクチン(galectin)は、以前S-型レクチンと呼ばれていたもので、糖鎖の中でもガラクトース(galctose)を含む糖鎖構造(β-ガラクトシド)によく結合することからこの名前が付けられました(galactose + lectin → galectin)。

1)糖質と糖鎖:糖質(一般的には炭水化物)という名前は、もともと一般式 Cn(H2O)m で表される物質に与えられたものですが、現在ではもう少し広い意味で使われています。糖質には、最も単純な単糖、単糖が数個(2〜10)縮合したオリゴ糖、さらに多数の単糖からなる多糖があります。身近な糖質としては、単糖であるブドウ糖(グルコース)や果糖(フルクトース)、フルクトースとグルコースが縮合したショ糖(スクロースあるいはサッカロース:いわゆるお砂糖です)などがあります。また、動物の筋肉や肝臓などに蓄えられているグリコーゲンと植物に含まれるセルロースはともにグルコースが多数縮合したものです(グリコーゲンとセルロースでは縮合の形式が異なっています)。
 ブドウ糖やグリコーゲンなどの糖質は生物のエネルギー源として特に重要ですが、DNA (遺伝子) のように高度な情報を持っているわけではありません。しかし、糖にはこれらとは全く違った役割もあることが知られています。蛋白質はアミノ酸が繋がってできたものですが、ある種の蛋白質には糖(糖鎖)が結合しています(糖鎖を持つ蛋白質を糖蛋白質と呼びます)。この糖鎖がどのような意味を持つのかよく分かっていなかったのですが、最近、少しずつその役割が明らかにされてきました。糖蛋白質の糖鎖はグリコーゲンなどとは違って、多くの種類の単糖が縮合したもので、その単糖の並び方に遺伝情報と同じような複雑な情報が隠されていると考えられています。また、脂質の中にも糖鎖を持つものがあります(糖脂質)。

2)日本では歴史的に糖/糖鎖の研究が盛んで、ゲノム研究などと比較すると、欧米に対しても優位を保ってきました。また、ゲノム解読後に残された大きな未開拓分野として、国内外で糖鎖を標的とした研究プロジェクトがすでに発足、あるいは発足を予定しており、今後、日本の研究者を中心として大きな発展が期待できる分野です。

3)Glycoforumのホームページはレクチンや糖質科学に関する情報源として有用です。
http://www.glycoforum.gr.jp/indexJ.html